趣味とコレクション

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簡単に吐く男

少しゆするといとも簡単にベラベラと喋り出し、大事な情報を吐く人はよく見かける。

ただ、僕が知っている先輩は物理的にいとも簡単に吐く男だ。

僕が高校1年の夏。僕の所属していた野球部は3年が引退した夏休みに新チームで合宿を行う。

小さな球場のそばの宿舎で4日間ほど過ごす。朝から晩まで野球尽し。毎年みんなが恐れている夏合宿というやつだ。

その合宿の中で一際しんどいのが食トレというものだ。毎食とんでもない量のご飯を食べさせられる。

食糧難に飢えている国があるというに一人4合のご飯を食べなければいけない。少食の僕からしたら無理な話でブラックホールと呼ばれる底なしの胃を持つ先輩に僕は助けてもらっていた。

そして食事が終わればすぐ練習。ただ僕らの胃には大量の米が入っているので動けるはずがない。

百獣の王と呼ばれるライオンだって食べたら仰向けで寝ているではないか。

僕はセンターのポジションで先輩の後ろでノックを受けていた。


立っているだけでも吐きそう。こんなんで走れるはずがない。前に立っている先輩は大丈夫なのか?

そう思っていると急に先輩が振り向いて、中指と人差し指を口の方に向け上下に揺らし「ちょっと行ってくるわ」と言い放った。僕がぽかんとしたまま「はい…」と答えるとグランドの後ろ方に走り出し、指を口に入れ、まるで打ち水をしているのかと錯覚させるようにゲロをグランドに撒き散らした。そしてすぐにポジションに戻り、「ハイ!ノッカーッ!」と声を張り上げた。ほとんどほどけた靴紐を結ぶ時間ほどで何事もなかったように全力疾走している。

そして僕にも「お前もいってこい。」と笑顔ですすめるざまだ。

しかし僕は愚痴や毒を吐くことは得意だが、ゲロを吐くことは大の苦手。車酔いした時や病気の時にも「吐いたら楽になる」と言われてきたがうぇっとなる感覚が苦手で我慢してきた。

先輩に、「ゲロしたら汚いじゃないですか」と断ると「お前はバカか?ここは飲み屋街よりゲロ落ちってから!」「俺なんか先輩のゲロしたとこでダイビングキャッチしたことあるぞ!」と自慢げに語っている。泥まみれゲロまみれがこの夏合宿らしい。

吐くかどうか迷って後ろを振り向くと、降り注ぐ日差しに反射して先輩のゲロがキラリと光っていた。

過去から来た車

会社からの帰り道、サイレンを鳴らしたパトカーが僕の車を追い越した。何かあったのかと思いながら運転していると徐々に道が混んできた。


時速10キロくらいまでスピードが落ちてきたころに突如、対向車線に側溝にはまった車が飛び込んできた。いや、はまったというよりむしろ突っ込んだといった方が正しい。


なんせ後輪が浮いている。バックトゥザフューチャーのように車が空から降ってきて側溝に突っ込んだとしか考えられないはまり方をしている。あまりにもあり得ないはまり方をしているため、他の車がスピードを落として凝視してしまう。


そのための渋滞だった。対向車線が混むという類まれな例だ。もちろん好奇心旺盛な僕もスピードを最大限に落として、というかクリープ現象で走り、事故を観察するつもりだ。


僕に与えられる時間は少ない為、事故の状況把握は手前の段階で終わらせておく必要がある。
 まず、事故が起きている道はとても狭く、カーブが続くような道だ。法定速度も40と遅めの設定だ。そしてこのはまりかたを見る限りよほどのスピードを出していたに違いない。


事故を起こした時間はさっきパトカーが駈け付けていたのを考慮すると18時半ごろであろう。こんな時間にこの道でスピードを出す男はド級のヤンキーに違いない。突っ込んでいる車の車種はあまり詳しくないが、黒のプリウスだと思う。ちょっと雲行きが怪しいが、まあ、ぶっ飛んだ奴に変わりはない。


 そして僕の車が事故の現場に近づいてきた。僕はアクセルから足を外し、辺りを見渡す。数人の警察の中にその人はいた。


眼鏡をかけたちょっと小太りのおじさんで爪をかじりながら携帯をいじっている。どちらかと言えばオタクっぽい感じだ。いや、そんなことはどうだっていい。ただ何よりも注目するべきはその携帯がガラケー(旧携帯)だということだ。


これが何を意味するか。そう彼はやはり過去から来たということだ。オタクっぽいのもメカオタクなのだろう。張り詰めた表情で携帯をいじっているのは博士かなにかに連絡が取れなくて焦っているからか。かわいそうに。


彼はこの先、令和の時代を生きていくのか、それとも平成のあの時代に戻ることが出来るのか、僕はアクセルを踏み込みながら考えた。

野球が僕に教えたこと

僕は小学校から高校までの10年間野球をしてきた。

その中でも特に中学の練習がきつく、この3年間はほぼ毎日辞めたいと思っていた。

昼休み、帰宅部の友達に練習行きたくないと毎度のこと愚痴をこぼしてたら「じゃあ辞めろよ」と言われ、ぐうの音どころかチョキやパーの音もでなかったのを今でも覚えている。

ただ、それほどまでに辞めたいと思っていたのにも関わらず辞めなかったのはきっと辞めたら"あいつは逃げた"と馬鹿にされ、居場所がなくなると思っていたからだと思う。


そんな僕は先輩が引退し、自分の代になった時には本当に迷惑な部員になっていた。

あまりに手を抜くため、真面目なキャプテンに目をつけられていた。

ランニングのときに靴紐がほどけたと言って10分くらいかけて紐を結んでいたら後ろから蹴られたことだってあるくらいだ。

他にも練習中に生意気なエースが少し調子に乗っているところを顧問に見られ、「お前はこのチームの癌だ!」と一喝された後に、後からキャプテンが僕のところに来て「お前もだからな」と言われたのも覚えている。

その時確か「ステージ4やねん」と返したが無視されたはずだ。きっと僕のがエースに転移したんだろうなとその時思った。


そんな僕の唯一の楽しみは雨で練習が中止になることだった。

毎朝、天気と雲の動きを頭に入れていた為、クラスの友達から2組の天気予報士と呼ばれていた。


ある死ぬほど暑い夏の日、部室で練習着に着替えていたらいきなりゴォーっという音と共に大雨が降り出した。僕はすぐさま窓を開け、「キャプテン!こりゃ無理ですわ!!」と満面の笑みで叫んだ。するとキャプテンは「通り雨だからすぐ止む」といい、「行くぞ!」とみんなに喝を入れ勢いよく部室から飛び出した。


僕は驚愕した。この雨だぞ?しかも、天気予報士が無理と言っているんだぞ?

僕の頭の中に大江千里の"Rain"のサビが流れる。


"どしゃぶりでもかまわないと"

"ずぶぬれでもかまわないと"

"しぶきあげるきみが消えてく"

"ohhーーーーーーーー♪♪"


他の部員もキャプテンに続いて部室を飛び出す。

僕はすぐさまエースを呼び止めて「こりゃ無理だよな?」と聞いたら、「俺は行くぜ」と言い残し、僕を一人にした。今度は"格好悪い振られ方"が流れる。


"格好悪い振られ方"

"二度と君に会わない"

"大事なことはいつだって"

"一人にされて気がついた"



そう。僕は部室に残されて、気付かされたんだ。

みんな勝ちたいんだと。僕なんかが足を引っ張っちゃいけない。僕も部室を飛び出しみんなを追いかけた。そして、グランドに架かる大きな虹を見て、僕は決心した。もう遅いかもしれないけどちゃんとしようと。


3年。夏。ほぼ末期。