不潔のグルメ
僕は気を遣いすぎてしまうところがある。
それで自分が損することもよくあることで、あのときもそうだった。
街では美味しいと評判の定食屋に行ったときのこと。
その定食屋は孤独のグルメに出たこともあるらしく店にはサインが飾ってあった。
昔ながらの古い定食屋さんで、目玉焼きと生姜焼きがのった丼ぶりがイチオシらしく、僕もそれを頼んだ。
その日は朝から何も食べていなくお腹が極限まで空いていたので、丼ぶりが来るなり、生姜焼きとご飯を搔き込んだ。
「これこれ。お腹がペコペコなときは丼ぶりに限るんだよなぁ」と井之頭五郎ばりに呟いて二口目を食べようとしたとき…
ご飯の山から波平ばりに毛が一本出ていた。
熱々のご飯の湯気でゆらゆらと揺れる毛。
まさに怒ったときの波平だ。
"ばっかもーーーーん"
僕は激怒した。これは髪の毛ではない。
完全に縮れている。そう。アンダーヘアだ。
普通なら「すみません。毛が入ってるんですけど…」と言うところだが、なんせ僕は人に気を遣いすぎるたちでその一言が言えない。
気まずくなったら嫌だなとか、代金いりませんとか新しいものをお持ちしますとか言われてなんかすみませんってなるのもめんどくさいし、なにより謝られるとこっちが申し訳ないと思ってしまう。
それならいっそこのまま残して帰ろうかとも思ったが、一口しか食べていないので全く足りないし、一口で帰ると店の人に不味かったのかなと思わせてしまうかもしれない。
僕はその毛が飛び出ていた部分を多めに取り除き残りを食べようとした。
ただ、髪の毛ならまだしもアンダーヘアはさすがに食欲が失せる。
ふぅとため息をついて僕は最終手段を使うことにした。妄想だ。僕は人より想像力が長けていると自負している。僕にはできるはずだ。
まず、厨房では若いてすっごい美人な人が切り盛りしていると思い込む。
この丼ぶりを持ってきたのは50代後半くらいのおじさんだ。そう、厨房にはきっと娘がいる。それもものすごく美人の。いける。
想像しろ。僕は携帯で広瀬すずの画像を検索してそれを見ながら二口目を食べた。
一瞬、丼ぶりを運んだおっさんの顔がよぎる。振り払え!と自分に言い聞かせ、3口目、4口目と僕は食べ続けた。
味はあまり感じなかったがお腹いっぱいにはなった。
もう来ないだろうなと思いながらお会計しに行くと厨房から「はいはい。どうもぉ。ありがとうねぇ」とヨレヨレのおばあさんが出てきた。
一瞬、気を失いそうになりながら「厨房は一人で?」と聞くと、「そうねぇ息子と二人でねぇ」と言われた。ということは80くらいか…
僕はお腹から逆流するものを感じながら店を出た。