趣味とコレクション

よろしくお願いします!

愛しのアイザック

僕が以前いた工場は外国人労働者が多く、国際色豊かな職場だった。
僕が、初めて出勤した日はちょうど安全会議のある日で、右も左も分からない僕はグループ分けで一人だけ余ってしまった。
その場で立ち尽くしていると「ヘイ!」と声を掛けてくれる人がいた。彼に呼ばれるまま席に着くと、その席は完全に外国人グループの席だった。


本来、日本人は日本人同士でグループを作り、外国人は外国人同士でグループを作り話し合いを進めるというのが決まりなのだが、何もわからない僕は呼ばれるがままに席に着いてしまった。


見渡す限り外国人。アフリカ系が二人に、ヨーロッパ系とラテン系と僕の5人グループで、
僕らが席を囲むとそれはもう、世界サミット。まさに国際会議。
僕はとても賢くなった気がして、声を掛けてくれた外国人に「thank you!」と少しネイティブっぽい発音でお礼を言った。すると彼は「ワタシニホンゴハナセマス」とカタコトの日本語で笑顔を向けてきた。彼の名はアイザックといい、西アフリカにあるベナン共和国出身とのことだった。他のメンバーは携帯をしていたり、音楽を聴いていたりと会議に全く参加する気配がなかったので、僕とアイザックとで話し合いを進めていくことになった。


その会議は怪我を減らすための案をグループごとに出し合い、最後にグループの代表が全員の前で発表するというもので、やはりここは開催国の僕が案を出し発表しようと思っていたら、なんとアイザックが「ココハワタシニマカセテクダサイ」と頼もしいことを言ってくれた。


結局、僕はアイザックにすべてを任せてあとは雑談をしながら時間を尽くした。しばらくして僕らのグループの発表の時が来た。アイザックは勢いよく立ち上がり、カタコトの日本語で「アブナイコトヲシナイ」と言った。とんでもなく当たり前のことを世界を変えてやろうくらいの勢いで言った。そして僕らはこの会議をきっかけに仲良しになった。


雑談をしていた中で分かったのだが、アイザックはもともとサッカー選手でフランスのチームの3軍でプレーしており、そのあと、タイ、日本と様々な国でプレーしていたらしい。そこで日本人と結婚して引退後は僕と同じ工場で働いているという異色の経歴を持っていた。
ポジションはディフェンダーらしく、アイザック曰く、テクニックはないがフィジカルは最強らしい。
たしかに体格が良く、ボビーオロゴンのような見た目をしている。
それから僕は毎朝、挨拶代わりにアイザックにタックルするのが日課になった。


3か月程たったころ、いつものようにアイザックにタックルしたら、僕をガッと掴み、満面の笑みで「アイザック、キョウハゼッコウチョウネ~」と言った。何かいいことでもあったのかと僕も嬉しくなって「OK!今日も頑張ろう!」とグータッチをして持ち場に向かった。


すると始業後、5分ほどしてアイザックが帰ると言っているという旨の無線が入っので、
僕はすぐさまアイザックのもとに駆け付けると、前後の工程のトラブルでアイザック
の持ち場には大量の材料がのっていた。
僕が声を掛けると「アイザックニハデキナイ!」と駄々をこねだした。僕も手伝うからと説得したが結局、体調が悪いと言い、帰ってしまった。結局、その日を最後にアイザックが工場に姿を現すことはなかった。


アイザックはテクニックもなければメンタルも弱かった。
そんなお茶目で優しいアイザックを僕は時々思い出す。

褒めちぎる人

会社の先輩達と朝まで飲んだ帰り、僕は家までの道を歩いて帰っていた。時刻は4時過ぎのほんの少し明るくなってきたかという時間、すると一人で何かに話しかけている人がいた。


だいたいこういう場合は世の中に対する愚痴を吐き散らしている酔っ払いと相場では決まっているのだが、その人は「すごい!」「でかい!」「強い!」などと独り言としては聞き慣れない単語を発している。


しかも、その人はわざわざ自転車を停めて、何やら電柱を見ながら言っているではないか。


まさかとは思ったが、そっと観察しているとやはり電柱に対して言っている。
昨今、ジェンダーレスが当たり前になりつつあり、同性の恋愛がそれほど珍しくない時代ではあるが、生物間の垣根を超えて、無機物との恋は聞いたことがない。


いや、そう言えば、第74回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した「TITANE チタン」という映画は車を異性として扱い、子供まで授かるという内容のものであったが、それはあくまで映画の話で、しかもジャンルで言えばホラーに属するはずである。


まさか、現実でそういうシーンに出会うとは思っても見なかったが、未だにその人は「かっこいい」などと一生懸命に電柱を口説いている。


ただ、もちろん、電柱は何も言わない。そっと佇んでいるだけ。なんとも不憫に感じ、僕は酔いがさめていないせいもあり、口を開けずに甲高い声で「ありがとう」と言ってしまった。


その瞬間、その人がばっと振り向き、僕の方を見てきたので僕はやばいっ!と思い、とっさに地面に咲いていた雑草に「ありがとう」「会えて嬉しい」などと、その人と同じように話しかけて誤魔化とした。


すると、僕とその人とのちょうど間にある家からゴミ袋を持ったお婆さんが出てきて、雑草に話しかける僕と電柱に話しかける人を交互に一度だけ見て、そっと部屋に戻って行った。


きっとそのお婆さんは全てのものと恋愛できる未来に来てしまったと思ったんだろうな。

もれる


僕は走っている。できれば走りたくはなかった。

間に合いそうにないから走っている。

集中力を切らさないように。


スーパーの駐車場に車を停めて、最初は歩いていた。でも、やっぱり走った。間に合いそうにないから走った。


向かうべきとこは入り口横のトイレ。

漏れないように力を入れてる。口をぎゅっとつぐむように。



病院の先生は言っていた。この薬はお腹を緩める可能性があると。そのことを今になって思い出す。


トイレが空いていれば間に合いそう。

ズボンに片手を添えて扉を開く。空いていた。間に合った。


と思ったら、何かおかしい。


ほうきがある。ホースもある。よく見りゃ水道もある。


きっとここは用具入れ。


つぐんでいた口が笑いだす。ぷぷぷと笑いだす。

気が抜けて笑ってしまったよ。


さぁ、掃除の時間だ。