海苔に溺れる
机の角に足の小指をぶつけた。
激痛が走る。この痛みは何年ぶりだろうか。この前見た戦争映画のワンシーンが頭をよぎる。
銃で撃たれた兵士に救護兵が駆け寄るシーン。
「うわあああー、ハアッハアッハアッ」
「ヘイ、大丈夫だ。今、モルヒネを打ってやる」
「おい、待て、これ以上打ったらこいつは…」
「…」
「いいんだ。打ってくれ。もう楽になりたい…」
もちろん僕は銃で撃たれた兵士。
布団の上で、足をバタつかせながら「モルヒネ…」と呟く。
もちろんここには救護兵はいない。僕一人だ…
時間がたつにつれ痛みは和らいだが本当に死ぬかと思った。走馬灯の予告編見るほどに。
しかし、死ぬほど痛いというが痛みが治まってしまえばほんとに大げさだなと呆れてしまう。実際、僕は本気で死ぬと思った経験が今まであっただろうか。
一度だけあった。
それは、僕が小学校低学年の頃の話。その当時僕は海苔にマヨネーズを一滴たらして折りたたんで食べることにハマっていた。その頃は多分、世界で一番おいしい食べ物だと思っていたに違いない。狂ったように食べていた。
ある日、たまたま家で僕だけになった日の事、いつものようにパックから海苔を一枚取り出し、マヨネーズをつけて食べていた。ほんとに食べだしたらきりがなく、「こりゃかっぱえびせんよりやめられませんなあ」なんて思いながら食べていたが、この一枚一枚海苔にマヨネーズをかける作業が手間になりついに僕は海苔を2パック用意し、間にマヨネーズを塗り何層にも重ね、バームクーヘンのようになった海苔を一口で食べた。
なかなかの噛み応えでよくよく噛んでいたら急に「クオッ」という声が出た。
どういうことかというとヘッドを外した掃除機で布を吸いこんだときを思い浮かべてほしい。
僕の喉を海苔が覆ったのだ。
僕はパニックになった。全く息ができない。息を吸おうとしても海苔が喉でぱこっぱこっとなって息が吸えない。助けを呼ぼうにも家には誰もいない。
海苔の海で溺れているような感覚だ。だめだ、このまま死んでしまう。この時ばかりは本当にそう思った。
ふらふらとした足どりで洗面台に向かい、ペッペッと吐き出そうにもなかなか吐き出せない。
こうなったらと僕は最終手段、指を口に入れ、海苔をはがす作戦に出た。指で海苔を削るがバームクーヘンのように何層にもなっているのでなかなか開通しない。途中、鏡を見たが僕の顔は目をかっぴらいており、口を大きく開け、舌を出し、涙を流している。こんなの小学生のする顔じゃない。こんな顔じゃパンクロッカーにしかなれないではないか。
それは嫌だとなんとか掘り続け、ついに喉に光が差し込んだ。
新鮮な空気が喉を通った時、僕の脳内には新幹線が開通した時の情景。みんながバンザイし僕はテープカッターをしている。
はぁはぁと肩を上下に震わせ、海苔だらけの洗面台を見ながら助かったと呟いた。
それからというもの僕は海苔にマヨネーズをつけて食べることをしていない。
それ以上に美味しいものを知ったし、こんな思いは二度としたくないと思ったからだ。